信楽焼 奥田英山造 「樹下石上」清水公照絵 陶板(共箱)
ところどころに窯傷らしき割れ、ヒビがあります。
その他には問題はなく、まだまだ使用可能な状態です。
商品番号:7129185
サイズ(cm)
| サイズ |
口径 |
高台径 |
高さ |
縦 |
横 |
長さ |
| 高さ=厚みです |
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4.3 |
22.5 |
55 |
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清水 公照(しみず こうしょう、本名:清水 睦治(しみず むつじ)、1911年1月3日 - 1999年5月6日)は、華厳宗の僧侶。兵庫県飾磨郡曽左村(現・姫路市)出身。
第207世、第208世東大寺別当、華厳宗管長となり、大仏殿昭和大修理を行った。独特の味わいのある書画、陶芸で知られる。1963年頃から「泥仏(どろぼとけ)」と称するユニークな小さな仏像を制作した。泥仏庵と号す。また、「今良寛」の異名がある。
1927年:東大寺塔頭宝厳院に入寺。清水公俊の下僧名公照となる。
1933年:龍谷大学文学部仏教学科卒。天龍寺の関精拙のもとで4年間参禅。
1937年:東大寺塔頭龍蔵院、同上生院住職となる。
1945年:終戦を出征先の中国廬山で迎える。師父清水公俊大僧正死去。
1946年:帰国。東大寺塔頭宝厳院住職となる。
1947年:今日の東大寺学園中学校・高等学校の前身・青々中学を創設、校長となる。書道教師を兼任、あだ名は「ネギ坊主」だった。
1959年:東大寺勧学院院長。
1963年:東大寺学園幼稚園園長、女子学院院長となる。
1969年:華厳宗宗務長、東大寺執事長、学校法人東大寺学園理事長となる。
1971年:大仏殿大屋根昭和大修理のため以後10年に亘る活動を始める。
1975年:上司海雲別当の死去に伴い、大僧正、華厳宗管長、東大寺第207世別当就任。
1978年:東大寺第208世別当に再任。
1980年:大仏殿の昭和大修理が完成し、落慶大法要を行う。
1981年:別当を引退し、東大寺長老。仏教伝道文化賞受賞。
1994年:「姫路市書写の里・美術工芸館」が開館し、名誉館長に就任。
1999年:死去。
信楽焼(しがらきやき)
滋賀県甲賀市信楽を中心に作られている陶器で、日本六古窯のひとつ。
信楽焼は元々は生活雑器として焼かれていた。温かみのある火色の発色、自然釉によるビードロ釉、焦げの味わいなど焼締陶ならではの魅力が千利休らの茶人達に見出されて「茶陶信楽」として茶人に親しまれ珍重された。1976年(昭和51年)に国から伝統的工芸品の指定を受け、現在大小あわせて300を超える窯元がある。
信楽焼は狸の置物が有名であるが、その歴史はそれほど古いものではなく明治時代に陶芸家・藤原銕造が作ったものが始まりと言われる。
奥田英山(おくだ えいざん)
信楽焼陶芸家。滋賀県甲賀郡信楽町、信楽英山窯。
信楽焼伝統工芸師。裏千家茶道の指導者でもある。
1944年 信楽に生まれる
1963年 高校卒業後、父の元で修行を始めるとともに裏千家茶道を学ぶ
1973年 茶名「宗英」を拝命
1976年 初個展開催。
1987年 東大寺長老清水公照氏に陶技の指導を受ける
1992年 信楽焼伝統工芸士に認定される。
1998年 社団法人裏千家淡交会滋賀支部顧問となる
現代的な信楽焼作家が多いなか、江戸時代後期から続く窯元庄屋の後継者として穴窯を築き茶陶一筋に日夜研鑽し、1976年の初個展以降、東京・大阪・京都をはじめ日本各地で個展を開催している。
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