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葵窯造 加藤春二 干支卯茶碗(共箱)
明日まで35%OFF!
¥4,550
(税込 ¥5,005)
通常価格 ¥7,000 (税込 ¥7,700)
状態非常によい
素材陶器
木箱にシミがあります。
本体に問題はなく、綺麗な状態です。

商品番号:7225528

サイズ(cm)

サイズ 口径 高台径 高さ 長さ
  11.1 5.2 8.7   12.1  
織部焼(おりべやき)
 織部焼は16世紀の終わりから17世紀の初めにかけて現在の岐阜県東濃地方で生まれた焼物で、美濃焼の一種。
 千利休の弟子であった大名茶人・古田織部が好みの茶器を焼かせたのが始まりで、織部好みの斬新で奇抜な形や文様の茶器などが多く作られた。一般的に歪んで多角形のものが多く当時としてはとても奇抜な焼物であった。
 成形には型が多く用いられ、色彩は黒、濃緑、赤などが多い。釉薬の色になどにより、織部黒または黒織部、青織部、赤織部、志野織部などに分類される。織部黒・黒織部は茶碗が殆どで、それ以外の織部は主に食器類が作られている。
加藤春二
陶芸家。愛知県瀬戸市にある葵窯の窯元。代々黄瀬戸を得意とする。
・初代加藤春二(ー1944)
 1890(明治23)年に分家して葵窯を開いた。
伝統的な技術で作品を作り、風流をテ-マにした。竹里庵と号した。
柳茶碗を点茶茶碗として再興し、毎年尾張徳川家に献上した。以来、柳茶碗は葵窯の伝統作品として今日に至る。1944年歿、享年82歳
・二代目加藤春二(1892-1979)
 1892(明治25)年、初代春二の長男として生まれる。
明治40年瀬戸町立陶器学校(瀬戸窯業高校)に入学するが、中退した後父に師事した。1926年に襲名する。
31年東京ほていやにて瀬戸六作展、34年には加藤作助、加藤唐三郎と阪急百貨店で三人展を開催。長男一雄が南京にて戦傷死した40年には戦没者慰霊のための観音像「興亜観音」を熱海伊豆山に作陶する。
75年には古瀬戸・織部焼で愛知県無形文化財保持者に認定される。瀬戸陶芸家協会に所属して参与・顧問を務めた。
古瀬戸釉、織部釉の茶陶を(茶碗、水差し、茶入れなど)を中心に制作した。
1979年2月15日老衰のため愛知県瀬戸市の自宅で死去。享年87。
・三代目加藤春二(1944-2000)
 二代目春二の孫。本名、俊雄。
日本伝統工芸展、朝日陶芸展ほかに入選、伝統の技法で茶器、食器を作陶。三代目を継承するが、平成12年(2000年)に急逝。現在は三代目夫人であるみゆき夫人が葵窯を継いでいる。
瀬戸焼
瀬戸焼(せとやき)は、愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器の総称。日本六古窯の一つ。瀬戸エリアで焼きものが作られ始めたのは古墳時代までさかのぼり、中世期に釉薬を施した陶器を生産していたのは瀬戸のみであった。  
 鎌倉時代に加藤四郎景正が、宋から施釉陶器技法を伝えたのが瀬戸焼の創始といわれ、灰釉・鉄釉を使った陶器生産が始まる。室町時代には日用品が多く作られていたが、桃山時代からは茶の湯の隆盛に伴って茶器が多く生産された。
 鎌倉期の灰釉・鉄釉に加えて、 黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部・鉄赤の釉薬が用いられる。