備前焼 白井半七造 銘々皿5客(保護箱)
木箱は保護箱です。
状態は大変良いです。
商品番号:7425879
サイズ(cm)
| サイズ |
口径 |
高台径 |
高さ |
縦 |
横 |
長さ |
| |
|
|
2 |
|
14.3 |
|
?この商品へ質問する
ログインしている方のみご質問が可能です。
ログインを行ってください。
備前焼(びぜんやき)
岡山県備前市周辺を産地とする陶器。
備前焼は日本の六古窯(瀬戸・常滑・丹波・越前・信楽・備前)のなかでも日本最古といわれ、須恵器から進歩して鎌倉時代に伊部の北・熊山で焼かれたのが備前焼の始まり。以来1千年近くにわたり無釉焼き締めの伝統が絶えず受け継がれている。
窯場は室町時代には浦伊部に、桃山時代に現在の伊部に移った。浦伊部時代は主に壷やすり鉢などの雑器を作っていたが、室町中期の茶道の隆盛に伴い大名や茶人の指導を受けて茶器を焼くようになった。江戸時代に入ると備前焼は備前藩主池田家に保護され栄え、細工物といわれる布袋、獅子などの置物や香炉なども作られるようになり、朝廷・将軍などへの献上品が多く作られた。また、この頃から酒徳利、水がめ、すりばちなどの実用品も多量に生産されるようになった。現在は茶器・酒器・皿などが多く生産されている。
釉薬を一切使わず、堅く締められた火色の味わいと窯変(胡麻、桟切り(さんぎり)、緋襷(ひだすき)、牡丹餅、青備前、黒備前、伏せ焼)による模様が特徴で、派手さはないが飽きがこない素朴な美しさをもつ。
釉薬をかけず、裸のまま約2週間前後1200度以上の高温で焼き締めるため他の焼き物と比べて強度が高い。
白井半七 しらいはんしち
東京(現在の台東区今戸町)今戸焼の陶家。
初代白井半七が江戸時代中期(1684~88)頃に土風炉(どぶろ。土製の風炉。茶席で窯をかけて湯をわかす道具)や、種々の茶器を制作したのがはじまりといわれる。
二代半七は享保年間(1716~36)頃に火鉢などの瓦器に釉薬をかけ楽焼風の作品を作り、それが「今戸焼」と呼ばれるようになった。土風炉と灰器、楽茶碗などを主に作陶し六代目まで続いたが関東大震災により窯は崩壊、東京時代に終わりを告げた。東京時代のものを「今戸焼」「隅田川半七」と呼ぶ。(窯の移転後は今戸焼とは呼ばず、現在は東京都台東区今戸で分家である5代目白井靖二郎が今戸焼を守っている。)
関東大震災の後、七代半七により兵庫県伊丹市に移窯、また八代半七(1898年~1949年)は小林十三に招かれ兵庫県宝塚市に移窯した。1980年に九代半七(1928年~1987年)は兵庫県三田市大原に移窯した。
八代・九代ともに料亭「吉兆」と親しい関係で懐石の器や湯のみなど「吉兆好」の作品を多く作った。作風は八代は京焼の作風をとりいれた華やかな作品が特徴で、九代は特に絵付技術に秀でていた。
送信前の確認
ご入力いただいた質問内容は、商品ページ上で公開されます。
回答が行われた場合、当ページの「質問と回答」欄に表示されます。
内容が公序良俗に反する、個人情報を含む、または当店が不適切と判断した場合、回答や掲載を行わない場合があります。
よろしければ「送信する」を押してください。
送信中です...